「どんな仕事ならAIに奪われないですか」。生徒にそう聞かれて、言葉に詰まったことはありませんか。
AIが仕事を奪うのではなく、AIを使いこなす人が、使いこなせない人の仕事を引き受けていく。では、AIがどれだけ進んでも人間に残る仕事とは、何でしょうか。ポッドキャスト「先生のためのAIラジオ」第28回では、AI格差を取り上げた第26回の続きとして、この問いを3つの条件に整理しました。
体を使う現場の仕事、ロボットが進歩しても残るのはなぜか

1つ目は、フィジカルを生かす仕事、つまり体を使う現場の仕事です。配達もロボットでできないかと言われる時代ですが、ロボットには経済の壁があります。作るにはそれなりのコストがかかるので、十分な市場があり、汎用性の高い場所にしか導入されません。そこに当てはまらないニッチな現場で体を使う仕事は、人間の仕事として残っていくでしょう。
技術の面でも、ロボットの体を動かすAI、いわゆるフィジカルAIは、まだ発展の途中です。人間の子どもが簡単にやってのける、積み木を重ねるような作業でさえ、ロボットにはまだ難しいのです。介護は元が取れる分野ですが、動作が非常に難しい。建設や設備のように現場で頭と体の両方を使う仕事も、AIでは代替しにくく、これから必要になる仕事の上位に挙げられています。フィジカルAIが実用になるまでどのくらいかかると見ているか、そして学校の中ではどの仕事がこれに当たるのかは、番組でお話ししています。
責任を引き受ける仕事、AIが病名を判断できても医師が残るのはなぜか

2つ目は、責任を引き受ける仕事です。画像診断で病名を判断するAIや、過去の事例を調べて司法の判断を支えるAIは、すでにあります。それでも、最終的に責任を取るのは人間です。医師として診断を行えるのは、医師免許を持つ人間だけ。そう法律で定められているのです。
これは医師や弁護士に限った話ではありません。何かのプロジェクトに責任を負う部分は、どんな現場の仕事にもあります。先生の仕事も、責任の塊です。生徒の成績や評価を決め、安全を管理する。AIに任せたとしても、最終的に署名をして責任を取るのは先生です。学習のためのAIが増えても、必ず人が入る場面があります。それはどこなのか。「責任」と聞いたあきお先生の第一声とあわせて、本編で確かめてください。
共感を生む仕事、AIのほうが強くても将棋を観たくなるのはなぜか

3つ目は、共感を生む仕事です。たとえば将棋では、今やAIのほうが人間より強くなりました。それでも、AI同士の対局を観たいかというと、おそらく観たくはないでしょう。藤井聡太さんと羽生善治さんの対局となれば、将棋に詳しくなくても観てみたくなる。オリンピックも同じで、車のほうが速いのに、人間が走る姿に私たちは感動します。人間がやるからこそ共感が生まれ、感動できる。そういう仕事は、AIに置き換わらずに残っていくと考えています。
この観点は、小説や音楽にも広がる可能性があります。AIはすでに小説も曲も作れますが、「あの人が書いているから読みたい」「人間が作ったものがいい」という価値は残っていくのではないでしょうか。ただし、人間がすべてを作るのがいい、という話ではありません。漫画が手描きからデジタルに変わっていったように、クリエイティブの領域はこれまでもICTと融合してきました。作曲なら、途中はAIを使い、最後の仕上げや細かなコントロール、そして名前を出すところは人間が担う。AIがどこまで担い、人がどこから担うか。その配分はグラデーションなのです。そうなると、どこまでが自分の作品と言えるのかという問いも出てきます。曲を作るあきお先生の実感とあわせて、ぜひ番組でお聴きください。
どの仕事を選んでも、欠かせないもう一つのこと

3つの条件。どの道に進むにしても、AIを使いこなせるに越したことはありません。医師はAIを使えば、これまでより多くの患者を診られます。弁護士や棋士も同じで、AIによってできることを広げています。番組冒頭であきお先生が語った「AIに使われるのか、AIを使いこなすのか」という問いも、ここにつながります。「先生、どんな仕事なら大丈夫?」と聞かれたら、思い出してください。フィジカル、責任、共感。そして、どんな仕事に就くにしても、AIを使いこなすことです。

記事でお伝えしたのは、3つの条件の骨子までです。番組では、それぞれが残る理由と実例に加えて、保護者として、そして先生として、子どもたちにどんな言葉をかけるか、あきお先生に聞きました。最後の問いは「先生という仕事は、3つのどれに当てはまるか」。その答えは、ぜひ本編で。
「先生のためのAIラジオ」#28 は、こちらからお聴きいただけます。通勤時間や朝の準備のお供にどうぞ。
AI格差の話は、#26 日本と世界のAI活用の差、先生に何ができるかで。
