AIで作った作品、どこを評価する? 先生が見るべきポイント(先生のためのAIラジオ #19)

  • URLをコピーしました!

生徒がAIを使って作った作品が、日常的に提出される。どれもよくできている。でも、何を見て成績をつければいいのだろうか。

私たちはつい、作品の出来ばえで判断したくなります。ただ、その出来ばえは、AIの性能が上がれば誰の作品でも上がっていきます。ポッドキャスト「先生のためのAIラジオ」第19回では、届いた1通のお便りを入り口に、AI時代に何を評価するのかを掘り下げました。

目次

AIで作る時代、頭を使う場所はどこか

まずはプログラミングの授業で考えてみましょう。順番を考えて命令に置き換える、組み合わせる、動かなかったら直す。かつて本体だったこの作業を、いまはAIが引き受けます。テトリスやぷよぷよのようなゲームなら、プロンプト1回でできてしまいます。

お便りにあった「アルゴリズムを学ぶといった論理的思考を飛ばしてしまう」という先生の心配は、たしかにその通りと言えるでしょう。

ただ、考えることそのものが減ったわけではありません。真ん中が減った代わりに、増えた場所があるのです。それは、作品づくりの入り口と出口です。

入り口は、何を作りたいのかを構想するところ。出口は、できあがったものを評価し、改善し、これでいいと責任を持って判断するところ。真ん中が圧縮された分、頭を使う場所が両端へ移りました。

中央教育審議会の情報・技術ワーキンググループでも、AIに指示して作らせる、いわゆるバイブコーディングを含めた議論が進んでいます。プログラミング的思考力はこれまで主に真ん中のアルゴリズムを指してきましたが、それを入り口と出口へ広げて捉え直そう、という方向です。

一番点を伸ばしたグループが、一番学んだわけではない

生徒の作品を評価するとき、AI時代ならではの落とし穴があります。作品の出来ばえと、その子の学びの成果が、一致しなくなっているのです。

同じ指示のもと、同じくらいの力の子が作ったとしても、使っているAIの性能が上がっていれば、出てくるものの質は上がります。作品のクオリティが去年より高いからといって、その子の力が伸びたとは限らないのです。

手がかりになる研究があります。2025年に British Journal of Educational Technology に掲載された、大学生117人の実験です。学生を4つのグループに分けて比較しました。支援なしのグループ、ChatGPTが使えるグループ、アカデミックライティングの専門家が1対1でつくグループ、そして綴りや文体や構成をチェックするツールが使えるグループです。資料を読ませ、英語で文章を書かせ、そのあと書き直させました。

点が最も伸びたのは、意外にもChatGPTのグループでした。専門家が1対1でついたグループよりも、です。

ところが、学んだ内容が身についたかを測るテストでは、4つのグループに差がありませんでした。別の分野に応用できるかを見るテストでも、やはり差はありませんでした。

研究チームは、こんな様子も記録しています。採点のルーブリックに合わせて、ChatGPTが出した文章をそのまま貼り付け、高い点を取ろうとする学生がいた、と。

その場かぎりの成績をあげる技術は、たしかに身についていきます。けれども、AIなしで文章を磨く力が育ったかというと、そうとは言えません。研究チームはこれを「メタ認知的怠惰」と名づけました。大学生を対象にした1回の実験ですから、そのまま小中高に当てはまるわけではありません。それでも、作品の質だけで学びを測ることの危うさは、十分に伝わってきます。

AI時代こそパフォーマンス評価を

完成した作品やレポート、発表や実演を通して力を測る方法を、パフォーマンス評価と呼びます。名前は知らなくても、プレゼンの評価などで実際にやっている先生は多いはずです。

パフォーマンス評価は、いま急に必要になったものではありません。前回の学習指導要領の改訂から求められてきたものの、その必要性は十分に共有されておらず、広く普及しているとは言い難い。文部科学省の会議でも、そう指摘されています。作品をどう評価するかは、AIが来るずっと前から学校が積み残してきたテーマなのです。

設計の前提として押さえたいのは、授業の内容と、授業の目的と、評価の方法を揃えることです。ここがバラバラのままでは、どれだけ丁寧に評価しても、測りたかったものは測れません。ルーブリックを最初に生徒へ示しておくことも欠かせません。何を見て評価されるのかが分かっていれば、生徒はそこへ向かって動けます。

評価すべきは、AIで作った作品の品質ではありません。企画して、作って、使ってもらって、改善する。その過程で子どもたちが何を学んだのか。そこに注目していきたいと思います。

作って終わりにしない工夫

では、AIが手伝った作品から、その子の学びをどう見取るか。研修や学校訪問でお勧めしているのは、作って終わりにしない設計です。

できあがったゲームやアプリを、他の生徒に実際に使ってもらう。返ってきた感想から、何が問題なのかを自分の言葉で定義する。それを解決するために手を入れる。そして、どこをどう直したのか、その理由とあわせて発表する。ここまでを一つの流れとして組み立てます。

この設計にすると、評価の対象が変わります。見るのは、AIが出した作品の質ではありません。感想をどう受け止め、何を問題だと考え、どこに手を入れたのか。その判断の過程です。ここだけは、AIが代わりにやってくれません。

同じワーキンググループの取りまとめ案にも、高校の情報の授業例として近い形が示されています。評価と改善を行って改善点を判断し、表現の過程や改善の理由を整理して他者に分かりやすく伝える、という流れです。

出口は、そのまま次の入り口になります。問題が見つかれば、では次に何を作るのかという構想へ戻ります。真ん中の作業が軽くなったからこそ、このサイクルを何度も回せるようになりました。回した跡にこそ、その子が何を学んだのかが残ります。

番組を聴く

相互評価は、やってみると思わぬところでつまずきます。番組では、生徒が動かないときの足場のかけ方と、時間をどう捻出するかを、現場の試行錯誤そのままにお話ししています。

「先生のためのAIラジオ」#19 はこちらからお聴きいただけます。

この記事が気に入ったら
フォローしてね!

よろしければシェアをお願いします
  • URLをコピーしました!

著者

AI教育コンサルタント / 株式会社FlipSilverlining 代表取締役 / 守谷市生成AI活用推進プロジェクトアドバイザー
自治体のAI教育アドバイザーや私立中高の教育コンサルとして学校現場に入りながら、AI時代の教育について書いています。著書3冊(明治図書)、教員研修・講演120回以上、授業視察1,000回以上。

目次