NPO法人みんなのコードが、教育向け生成AI教材「プログルラボ みんなで生成AIコース」の利用ログを大規模に分析した研究報告を日本教育工学会(JSET)の研究報告集に発表しました。授業で生成AIを使わせると何が起きるのか。データが語る事実と、見落とされがちな盲点を、現場の実感を交えて読み解きます。
調査の概要
調査対象は、みんなのコードが無料で提供する生成AI教材「プログルラボ みんなで生成AIコース」の2024年度利用データです。小学校から高校まで、児童生徒17,418名が送信した554,781件のプロンプトを分析しています。言語モデルはAzure OpenAI。年齢制限のないツールですが、教師の監督下での利用が前提で、生徒アカウントに個人情報は不要、チャット履歴は教師が確認できる設計です。
プロンプトのログ分析に加え、利用クラスの担当教員97名へのアンケート調査も実施されています。クラスの情報活用能力や、指導内容ごとの手応えなど、ログだけでは見えない情報を補完する構成です。
事実①:継続利用で、使い方の質が変わる
研究では、利用開始から28日目付近を境に短期・長期を分けて分析しています。児童生徒が入力したプロンプトを意味の近さで自動分類し、利用パターンを可視化しました。短期利用クラスでは、プロンプトの約半分がしりとり、雑談、「〜はなんですか」といった初発的な質問でした。生成AIとの付き合い方を探っている段階です。
一方、長期利用クラスになると、様子が変わります。「あなたはこの俳句をどう解釈するか」という対話的な意見交換や、「この作文のよいところを3つ挙げてください」という批評の依頼が出現しました。「ありがとう」「参考にします」といった感謝表現も、長期利用にのみ見られた特徴です。
特に注目したいのは、批評要請の出現です。生成AIに自分の文章を見てもらい、「どこがいいか教えて」「他に調べる視点はありますか」と問いかける。これはまさに批判的思考のトレーニングです。以前、高校教育改革グランドデザインの記事で書いた「ダメ出しの力」、つまり自分の思考や表現の弱点を見抜いて改善するプロセスが、長期利用の中で自然に発生しています。私も研修でステージ2(授業での活用)として批判的思考を鍛える授業を指導していますが、そうした授業を経験した子どもたちがステージ3(生徒自身の活用)でこうした使い方に至るのは自然な流れだと感じます。
継続利用を通じて質的な変容が見られたという事実。「まず触らせる」体験授業の先に、日常的に使える環境を整えることの重要性を示すデータです。
事実②:情報活用能力との正の相関
教員アンケートの相関分析から、興味深い関係が浮かび上がります。クラスの「問題解決・探究において情報を活用する力」が高いほど、生成AIを「学びのパートナーとして利用できた」度合いも高い。この2つの間にr=0.82(p=0.0006)という強い正の相関が出ています。端末操作スキルや、情報を多角的に検討する態度といった他の情報活用能力の項目も、長期利用クラスが一貫して高い値を示しました。
ただし、因果の方向には注意が必要です。このデータはクラス単位の教師による主観評価であり、「情報活用能力が高いから生成AIを深く使えた」のか、「情報活用能力が高いクラスだから教師が長期利用を判断した」のか、この研究だけでは切り分けられません。論文の考察でも「情報活用能力の高いクラスで生成AIの利用をする判断がされたことを示唆」と慎重に書かれています。
因果はさておき、情報活用能力と生成AIの活用度に正の相関があるという事実は重要です。AIだけを特別扱いしても深まらない。情報活用能力の底上げが大事だという示唆は、現場の実感とも一致します。
事実③:授業下での安全性は確保されている
児童生徒の入力またはAIの出力に対して有害コンテンツとして検出された割合は0.37%。これは検出記録の対象期間(2024年6月〜2025年3月)に送受信された約47万件のメッセージに対する割合です。内訳を見ると、フィルターが過剰に反応したケース(たとえばひらがなが多いメッセージが誤って検出されるような場合)が大部分を占めています。
「自殺」「死にたい」といった深刻なワードを含むメッセージも確認されましたが、いずれも文学作品や社会問題を扱った文脈で出現したものであり、緊急性のあるケースは確認されていません。
ただし、このデータは「学校の授業で教師が見守る」という前提のもとで収集されたものです。家庭での自由な利用は含まれていません。
それでも、少なくとも授業下においてはリスクが十分に管理可能であることを、大規模データで実証した意義は大きい。「漠然とした不安」が「具体的な数字」に置き換わるだけで、議論の質が変わります。
そして1つの盲点──「AIの原理」はなぜ伝わらないのか
この研究のデータをもう少し丁寧に見ると、1つの盲点が浮かび上がります。
教員アンケートの「指導する上での手応え」を見ると、「AIの回答を鵜呑みにしないこと」は97名中82名が手応えを感じています。メディアリテラシーやハルシネーションへの注意喚起も、長期・短期を問わず大半のクラスで指導されていました。
ところが、「生成AIの原理や特性を理解すること」で手応えを感じた教師は、97名中わずか25名です。鵜呑みにしない(82名)との落差が際立ちます。原理の指導自体は行われているのに、手応えにつながっていない。ここに課題があります。
「ハルシネーションに注意して」「鵜呑みにしないで」と伝えるのは対症療法です。なぜ嘘をつくのか、なぜ偏った答えを出すのか、その根本を理解していなければ、新しい場面で応用が利きません。
原理は一言で伝えられます。「生成AIは、入力された文章の続きを予測するマシーンである」。この一点が腹落ちすれば、なぜ嘘をつくのかがわかる。知らない情報にも、確率的にありそうな続きを出してしまうからです。なぜ偏るのかもわかる。学習データの偏りがそのまま出るからです。鵜呑みにしてはいけない理由も同じで、そもそも真偽を判断する仕組みがない。バラバラに見えていた注意事項が、一つの原理で全部つながります。
学校や教育委員会の教員研修でこの話をすると、先生方から「そう教えればいいのか」という反応が返ってきます。ハルシネーション、ファクトチェック、バイアス。個別に教えようとすると項目が増える一方ですが、「続きを予測しているだけで、正しさを判断していないマシーン」という原理一つで、全部つながる。先生方の表情が変わるのは、いつもこの瞬間です。
おわりに
この研究は「授業で使わせるとどうなるのか」に大規模データで正面から答えた貴重な調査です。継続利用で使い方の質が変わること、情報活用能力と正の相関があること、授業下での安全性が確保されていること。いずれも、学校での生成AI活用を「やる・やらない」の議論から一歩先に進めるための根拠になります。
同時に、この研究は「どう教えるべきか」という次の問いも立てています。メディアリテラシーやハルシネーションへの注意は浸透しつつある。しかし、その前提となるはずの「AIの原理」がまだ十分に届いていない。原理を教え、情報活用能力を育て、その上で継続的に使える環境を整える。この順番を意識することが、生成AIを”学びのパートナー”に変えていくための条件だと考えています。
参考文献: 安藤祐介・佐藤和紀・井手絢絵 (2025)「子どものプロンプトと教師アンケートに基づく学校での生成AI利用の実態調査」日本教育工学会研究報告集 JSET2025-3-B5
