「AIに代替されない能力を育てる」――先日公表された高校教育改革のグランドデザインは、そう高らかに掲げています。方向性は正しい。しかし、AIが当たり前になる社会を想定したとき、もう一つ欠かせない力が軽視されています。「ここが違う」「もっと良くできる」と見抜いて言い切る、『ダメ出し』の力です。
文部科学省は2026年2月13日、高校教育改革に関する基本方針(グランドデザイン)「2040年に向けたN-E.X.T.(ネクスト)ハイスクール構想」を正式に公表しました。昨年11月の骨子公表を経て、全容がまとまった形です。2026年度からの高校授業料無償化の実施に伴い、公立高校の特色化・魅力化が急務となる中、主に公立高校の改革の方向性を示すものです。
本記事では、自治体の生成AI教育アドバイザーや教員研修の講師として現場に関わる立場から、このグランドデザインの概要を解説し、「ここを補えばもっと良くなる」と感じるポイントについて書いてみたいと思います。
グランドデザインの概要
グランドデザインは、少子高齢化や生産年齢人口の減少が深刻化する「2040年問題」を見据え、高校教育を3つの柱で改革するとしています。
1つ目は、AIに代替されない能力や個性の伸長。言語能力、情報活用能力、問題発見・解決能力、他者と協働する力などを育て、探究的な学びを推進します。2つ目は、社会・経済を支える人材の育成。理系やデジタル分野への進路を後押しし、文理横断の学びを強化します。3つ目は、多様な学習ニーズに対応した教育機会の確保。遠隔授業の推進や通信制高校の質の向上などを進めます。
数値目標としては、普通科高校の文系・理系の生徒割合を同程度にすること(現状は全日制・定時制で文系約51%・理系約31%・文理分けなし約18%)、専門高校については少子化が進む中でも生徒数を現在と同水準に維持すること(結果として全体に占める割合は現状の約2割から3割程度になる見込みです)が掲げられました。25年度補正予算では約3000億円規模の基金が設けられ、財政的な裏付けもあります。
方向性として、文理横断を進めること、専門高校を重視すること、財政措置を伴って本気で改革を進めようとしていること。これらは率直に評価できる内容です。
『ダメ出し』の力が軽視されている
「AIに代替されない能力を育てる」。この問い自体は正しいと思います。AIが当たり前にある時代に、人間はどこで価値を出すのか。教育が向き合うべき本質的な問いです。
しかし、その答えとして挙げられた能力リスト――言語能力、情報活用能力、問題発見・解決能力、他者と協働する力――を見ると、2018年告示の現行学習指導要領が既に掲げている資質・能力と多くが重なります。次期学習指導要領の改訂に向けた検討も進んでいる今だからこそ、能力定義のアップデートが求められます。「AIを活用して新たな価値を生み出す素地を身に付ける」という新しい記述が加わった点は前進ですが、それが具体的にどのような力を指すのかは明示されていません。
AI時代には、知的作業の価値構造が変わります。かつては「調べる」「考えをまとめる」といった中間プロセスに大きな価値がありましたが、AIがそこを高速でこなせるようになると、価値は両端に移ります。すなわち、上流の「何をやるか方向を決める(ディレクション)」と、下流の「出てきたものを評価し、最終的に責任を持つ(判断と『ダメ出し』)」です。
たとえば、定期テストの作成を考えてみてください。問題文の素案を作る、解答例をまとめるといった作業は、生成AIが数分でこなせるようになりました。しかし、上流にあたる「今回のテストで何を測りたいのか」を決めることと、下流にあたる「AIが作った問題に不備がないかを見抜いて修正する」ことは、教員にしかできません。
この構造変化を踏まえると、AI時代に特に重要になるのは「出てきたものを評価し、『ダメ出し』をして、最終的に自分が責任を持つ力」です。ここで言う『ダメ出し』とは、問題点を「見抜く力」と、見抜いたことを実際に「言う力」の両方を指しています。
グランドデザインが掲げる「問題発見・解決能力」や「探究的な学び」には、批判的思考の要素が含まれてはいます。しかし、AI時代にはこの力の重要度が格段に上がります。にもかかわらず、「評価・判断する力」――つまり『ダメ出し』の力は、能力リストの中で独立した位置づけを与えられていません。リストに明示されなければ、カリキュラム設計の優先順位にも反映されにくくなります。
改革の方向性を示すグランドデザインだからこそ、「AIに代替されない能力」の中身に、この「評価・判断する力」を明確に加えてほしいと感じます。
AIを使って『ダメ出し』の力を育てる
では、AI時代に人間が担う「方向を決める力」と「評価・判断する力」は、どう育てればよいのでしょうか。
「方向を決める力」――自分で問いを立て、テーマを選び、進む方向を定める力――は、探究学習やPBL(プロジェクト型学習)を通じて磨くことができます。この流れは既に多くの学校で進んでおり、グランドデザインでも探究的な学びの強化が打ち出されています。
これからの時代に特に大事になるのが、「評価・判断する力」、すなわち批判的思考です。出てきたものに対して「ここが弱い」「前提が違う」「もっと良くできる」と見抜く力。そして、見抜いたことを実際に「言う力」。この両方が『ダメ出し』の力です。
まず「言う力」について。これは日本の教育においてこれまで特に手薄だった領域です。相手の意見に異を唱えること、出来上がったものに改善点を指摘すること。日本の文化では遠慮や控えめさが美徳とされる場面も多く、建設的な『ダメ出し』を行うメンタリティを育てる機会が少ないのが現状です。これは個人のスキルの問題だけではありません。「『ダメ出し』しても大丈夫」という空気、つまり『ダメ出し』を歓迎する文化が教室にあって初めて、言う力は育ちます。探究学習やPBLの中で、互いの成果物に対して『ダメ出し』し合う場を意識的に設けること。これもAI時代の教育に欠かせない要素だと考えています。
次に「見抜く力」。ここで注目すべきなのが、生成AIの教育的な可能性です。
生成AI以前は、批判的思考を鍛える教材を用意するコストが非常に高いものでした。生徒が検証すべき「素材」を教員が一つ一つ準備する必要があったからです。しかし生成AIの登場によって、この状況は一変しました。生成AIの出力には、もっともらしいが不正確な情報や、論理の飛躍、文脈に合わない提案が含まれることがありますし、意図的にこれらを含ませることもできます。これを生徒自身が検証し、修正し、より良いものに仕上げていくプロセスそのものが、批判的思考のトレーニングになるのです。
私自身、教員研修の中で、生成AIを活用した批判的思考を鍛える授業づくりを指導しています。
たとえば、ある中学校の英語授業では、3つのヒントから答えを当てるクイズを生徒自身が英語で作り、ChatGPTに解かせるという活動を行いました。AIが正解できないとき、生徒たちは「どのヒント文がわかりにくかったのか」をグループで検証し、英文を書き直します。ここで起きているのは、AIの出力に『ダメ出し』するだけでなく、AIの反応を鏡にして自分たちの表現にも『ダメ出し』するというプロセスです。
また、ある高校の英語授業では、教科書の写真を英語で描写し、その英文を画像生成AIに入力して元の写真を再現するという活動を行いました。生成された画像が写真とずれていれば、「どの表現が不十分だったのか」を考えて英文を書き直します。AIが即座に結果を返してくれるからこそ、生徒は自分の表現の甘さに気づき、何度も改善を重ねることができるのです。
どちらの事例にも共通しているのは、AIの出力を「鏡」として、自分たちの思考や表現に『ダメ出し』するというプロセスです。生成AIは、批判的思考を日常的に鍛えるための、これまでにない強力なツールだと実感しています。
AIを使って、AI時代に必要な力を育てる。生成AIは、その最も身近なツールなのです。
おわりに
グランドデザインの方向性は支持します。そこに「評価・判断する力」の明示と、AIを学びの道具として活かす視点が加われば、改革はより実効性のあるものになるはずです。
そして、制度が整うのを待つ必要はありません。生成AIを活用した批判的思考の訓練は、今日の教室から始められます。AIが出した答えに「本当?」と問い返す。その小さな『ダメ出し』の積み重ねが、AI時代を生きる力の土台になります。教員の方々も、保護者の方々も、まずは目の前の子どもたちと一緒に、AIに『ダメ出し』するところから始めてみませんか。
(2月14日追記) 本記事で取り上げたグランドデザインが公表された同じ2月13日、次期学習指導要領を議論する中教審の情報・技術ワーキンググループにおいて、AIに関する学習内容の方向性について大筋の合意がなされました。その中で、AIの出力を批判的に評価する力やクリティカル・シンキングの教育課程上の位置づけも整理されています。学習指導要領レベルでこうした整理が進んでいることは注目すべき動きです。この流れがグランドデザインの能力定義とも接続され、政策全体として一貫したメッセージになることを期待します。
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