新しいコミュニティや職場に馴染むための方法〜仕立屋の徒弟制度に学ぶ

2021年も4月になりましたね。新年度から新しい職場に移ったり、あるいは新しいコミュニティに参加することになった人も多いのではないでしょうか。そこで今日は「組織に馴染むための方法」を学習科学の観点から紹介したいと思います。よくある「積極的に目立ちましょう」「笑顔でコミュニケーションを取りましょう」といった方法とは違ったアドバイス・指針が知りたい人は、ぜひ参考にしてみてください。


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ヴァイ族とゴラ族の仕立屋

文化人類学者であるジーン・レイヴは、西アフリカのヴァイ族とゴラ族の仕立屋について長年観察をしていました。その仕立屋では、徒弟制度によって様々な年齢の子供たちを預かり、そして一人前の仕立屋に育て上げていきくのです。ジーン・レイヴはその仕立屋における学習プロセスを研究し、エティエンヌ・ウェンガーという研究者と一緒に「正統的周辺参加」という考え方を提唱しました。

「正統的周辺参加」の概念も非常に興味深いのですが、今日お伝えしたいのは「仕立屋に新しく入った徒弟がコミュニティ(共同体)に受け入れられていくプロセス」についてです。

このプロセスを非常に分かりやすく説明してくれている記事が「東京大学CoREF」に公開されていましたので、ポイントを引用していきたいと思います。

例えば、彼女自身が観察した西アフリカのヴァイ族とゴラ族の仕立屋は、いろいろな年齢の子どもを徒弟として預かって、一人前の仕立屋に育て上げるが、そこにはあるていど決まった「教え方の順序」がある。入りたての徒弟は、たいした仕事は与えられず、その辺の掃除を頼まれたりするだけなので、まわりを観察する余裕がある。観察していると、そのうちに、衣服ができあがるまでの全過程が見えてくるし、また親方、職人、さらに他の徒弟がそれぞれどんな仕事をしているのかが分かってくる。自分がまずどんなことができるようになることが期待されているのか、少し経ったらどんな風になっているはずなのか、将来あんなふうになりたいな、という目標はどのへんになるのか、など、固い言葉で言えば「学習目標とその系譜」が手に入る。

徒弟が作るのは簡単な帽子やズボン下、子どもの普段着などで、しかも最初は手で縫えるところやアイロンかけから始める。ボタンをつけたり袖口をくけたりするということは、まず完成品が全体としてどう見えるか、どんな形をしているかを学ぶことにつながる。それだけではなく、こういう「簡単な」作業は実は、失敗しても、それなりに「修復」がきく。

東京大学CoREFの「学習科学から 5月号分 仕立屋さんの計算」より引用

コミュニティに馴染むための方法

ヴァイ族とゴラ族の仕立屋の事例から、コミュニティに馴染むためのポイントが2つ得られます。

ひとつめのポイントは、「コミュニティを観察すること」です。新しく入った徒弟は、たいした仕事は与えられず、その辺の掃除を頼まれたりお使いを頼まれたりするため、コミュニティを観察する余裕があります。周りを観察することにより徒弟は、「衣服が出来上がるための全工程や、親方・職人・他の徒弟の仕事内容」を学びます。しかし、それだけではありません。

「コミュニティを観察すること」で得られる大事なポイントは、その「コミュニティの価値観や文化」について学べるということです。そのコミュニティ、組織ではどんなことが評価され、どんなことが嫌われるのか。これらを把握することは、コミュニティに馴染むために必須ですよね。これがひとつめのポイントです。

ふたつめのポイントは、「簡単な作業から取り組むこと」です。徒弟が最初に取り組む仕事は、ボタン付けやアイロンがけ、手で縫える作業なのです。こうした作業は、失敗しても修復が聞くためハードルが低く、それでいて「コミュニティの仲間に感謝される仕事(=貢献する仕事)」なのです。

意外に思われるかもしれませんが、メンバー同士が仲良くなるのは「交流会」ではなく、「協働の仕事(貢献する仕事)」を通してなのです。例えば「新歓の交流会で話した時はよそよそしかったけど、一緒にプロジェクトをした後の打ち上げで凄く仲良くなった」という経験はありませんか?交流会は「仲が良いメンバーをより仲良くする効果」はありますが、実は「仲良くないメンバーを仲良くする効果」はないのです。

それでは、新しいコミュニティの既存メンバーと仲良くなるには、どうすれば良いのでしょうか。それは「コミュニティに貢献できる簡単な仕事を行うこと」です。仕立屋で言うとボタン付けの作業ですね。どんな仕事・作業がコミュニティへの貢献になるかは、ひとつめのポイント「コミュニティを観察する」で見抜く必要があります。(逆にコミュニティ運営側としては、新メンバー用の「貢献できる簡単な作業」を用意することが超重要になります。)

以上が、学習科学の観点からみたときの「新しいコミュニティや職場に馴染むための方法」になります。もちろん笑顔や挨拶、丁寧なコミュニケーションは大事ですが、それとはちょっと違った上記のアドバイスも参考にしてもらえたら嬉しいです。

【補足】 正統的周辺参加については、こちらの書籍がお勧めです。学術的な本なので上級者向けです。