昨日、私が大学院時代に過ごした国立天文台・野辺山電波観測所のドキュメンタリー番組を観ました。「カネのない宇宙人 信州 閉鎖危機に揺れる天文台」です。番組の最初は、同期の友人や顔見知りの研究者が出演しており楽しかったのですが、徐々に観測所の財政難の様子が明らかになり、観ていて胸が苦しくなりました。「利益になること」「役に立つこと」を重視する国の政策によって、観測所の予算が大幅に減らされたことが原因です。最盛期には学生を含め120人いた所員は31人にまで減ってしまい、光熱費削減のため観測所本館までもが閉鎖されてしまいました。そんな折に、「研究資金を確保するために国立天文台が軍事研究を検討する」というニュースが入りました。
実は、軍事技術に応用できるような基礎研究に対して、防衛省が助成を公募しているのです。1件あたりの助成金額は最大で20億円/5年。観測所の財政難なんて一気に解消できる金額です。しかも電波天文学はレーダー技術と関わりが深いため、軍事技術に転用しやすい研究分野なのです。実際、第二次世界大戦では爆撃機B29を撃墜する電波兵器を天文学者が研究したという歴史もあります。本気で防衛省の助成を狙ったら、獲得できる可能性は高いと思います。
しかし、そんなことはあり得ないだろうと、この番組を観るまで私は思っていました。なぜなら、2019年に日本天文学会は「天文学と安全保障との関わりについて」という声明を出して、次のように宣言していたからです。
・日本天文学会は、宇宙・天文に関する真理の探究を目的として設立されたものであり、人類の安全や平和を脅かすことにつながる研究や活動は行わない。
・日本天文学会は、科学に携わる者としての社会的責任を自覚し、天文学の研究・教育・普及、さら には国際共同研究・交流などを通じて、人類の安全や平和に貢献する。
このような声明を出した天文学会を私はとても誇らしく思っていました。実際、私がお世話になった東大や国立天文台の先生たちは、天文学の軍事利用に対しては断固NOと言える人ばかりでした。
ところが、昨年9月東京新聞の朝刊に「防衛省助成に応募しない」一転 国立天文台、軍事研究容認も、と言う見出しが載ることになりました。ドキュメンタリー番組の取材によると、国立天文台の教授の3分の1が軍事研究容認だったそうです。驚きました。国立天文台は「経費削減には限界がある。研究費を増やすため外部資金を多様にしないと次世代につながる研究ができない。(防衛省の)制度は一つのオプションとして議論したい」と言ったそうです。
あぁ、お金の問題は、こうも容易く平和を尊ぶ心を覆すのかと、ショックを受けました。もちろん容認派の教授の心中も察します。天文学の予算が年々削られていき、若手の研究者はパーマネントの職に就けず、文字通り貧困と戦いながら研究にしがみついている。人の心があればこそ、「お金があれば彼らを救える」と思うのでしょう。
でも、それは人の道に外れる考えです。歴史を振り返ってください。戦争を振り返ってください。かつての科学者の過ちを、今の時代の科学者が繰り返してはいけません。軍事研究に否定的なある教授は、「悪魔に魂を売る気なのか」と発言したそうです。ちょっと過激な物言いですが、気持ちは私も同じです。被爆国の日本の科学者だからこそ、人類の安全や平和を脅かすことにつながる研究には断固NOと言って欲しいです。
幸いにも、国立天文台は防衛省の助成に応募しなかったようです。しかし、防衛省の助成の採択事業を眺めていると胸が苦しくなります。JAXAや茨城大学、山口大学、大阪市立大学などの名前が見つかるからです。一方、「軍事研究は行わない」と宣言している大学は、京都大学や名古屋大学、関西大学、琉球大学、法政大学などで、残念ながらまだ数が少ないです。今こそ1995年のラッセル・アインシュタイン宣言を思い出して、日本の科学者と大学は「人類の平和と安全」に貢献してほしいと切に願っています。
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