心は震えているか——昭和女子大附属の公開研究会で突きつけられた問い

2月14日、昭和女子大学附属昭和中学校・高等学校の授業公開研究会「探究と生成AI」に参加してきました。

昭和女子大附属は、生成AIの教育活用において国内屈指の先進校です。文科省が生成AIガイドラインを公表した2023年7月の時点で、すでに生徒向けのChatGPT体験授業を実施。2024年1月にはプライベートChatGPT環境を学校全体に導入しています。現在はGoogleのカスタムAI「Gem」を中心に、生徒によってはChatGPTも使うなど、特定のプラットフォームに縛られない形でAI活用が浸透しています。約3年、ツールの変化に対応しながらAI教育を組織的に積み上げてきた学校です。

その蓄積の上に、今回の研究会がありました。


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Gemが複数教科に浸透している風景

授業参観では、物理・情報・歴史総合・国語など複数の教科を見学しました。今回印象的だったのは、GeminiのカスタムAI機能である「Gem」が教科を問わず浸透していたことです。

ここでGemの活用メリットを少し解説させてください。

Gemとは、Geminiに対してあらかじめ指示(プロンプト)や前提知識を設定しておけるカスタムAI機能です。教員がGemを作成する際に、教科の専門知識や回答のルール、生徒への対応方針などを事前に組み込んでおくことができます。生徒は難しいプロンプトを書く必要がなく、そのGemに話しかけるだけで、教員が設計した質の高いAI体験を得ることができるのです。

Gemを作成するには、教員側にそれなりの手間と工夫が必要です。しかし、一度作ってしまえば、同じ学年の別のクラスでも使えますし、翌年も使えます。同僚の先生に共有することもできます。つまり「作成コストは一度きり、活用は何度でも」という再利用性の高さが大きな強みです。

さらに、最近のアップデートで、Google ClassroomからGemやNotebookLMを生徒に直接配信できるようになりました。以前はGemを生徒に共有する手段が限られていて、URLを個別に共有するなどの手間がかかっていたのですが、この機能によって利便性が大きく向上しています。

今回の研究会で驚いたのは、このClassroom配信の機能をすでに活用している先生がいたことです。比較的最近追加された機能であり、まだ多くの学校では存在自体を知らない段階だと思います。新しいツールの情報を素早くキャッチし、実践に落とし込んでいる。3年にわたるAI教育の蓄積は、こうした「アンテナの速さ」にも表れていると感じました。

基調講演が突きつけた3つの問い

午後の基調講演は、昭和女子大学准教授であり現代教育研究所所長の緩利誠先生による「心は震えているか〜生成AIと教育〜」。文部科学省の委託事業や筑波大学附属駒場高等学校のSSH運営指導委員を歴任されている、教育政策にも深く関わる研究者です。

この講演から、私は3つの大きな問いを受け取りました。

問い1:究極の個別最適化は「遺伝情報」に行き着くのか

緩利先生が提示した視点のなかで最も衝撃的だったのが、個別最適化の究極形としての遺伝情報活用です。医療分野ではすでに「個別化医療(プレシジョン・メディシン)」が射程に入っています。遺伝情報に基づいて、その人に最も効果的な治療法を選択するアプローチです。

では、教育はどうか。双子研究をはじめ、遺伝が学習特性に影響を与えることはデータとして示されています。しかし、教育の文脈で「遺伝」という言葉を持ち出すことは、いまだにタブーに近い。この非対称性を、緩利先生は正面から指摘されました。

もちろん、遺伝情報を教育で扱うことには倫理的に慎重であるべきです。しかし、「個別最適な学び」を本気で追求するのであれば、この問いを避け続けることはできないのではないか——そう考えさせられました。

問い2:メディア接触時間は授業時数を超えている

もう一つ、データとして突きつけられた現実があります。中高生のスマートフォン使用時間は、少ない生徒でも1日4時間程度。多い生徒では8〜10時間に達するそうです。仮に1日4時間として年間で計算すると約1,460時間。一方、学校の年間授業時数は約1,050時間です。

つまり、生徒が主体的に触れているメディアの接触時間が、学校の授業時数を上回っている。しかも授業は「座って聞く」時間も含みますが、スマートフォンは自らの意思で触っている時間です。影響力という観点では、学校教育よりもスマートフォンのほうが大きい可能性すらある。

この事実を踏まえると、メディアリテラシー教育の重要性は、これまで言われてきた以上に大きいと感じます。生成AIの活用以前に、生徒たちがすでに膨大な時間をデジタルメディアに費やしているという前提を直視する必要があります。

問い3:探究のプロセスにAIをどう位置づけるか

緩利先生は、生成AIが探究学習のプロセス——データ収集、整理、分析、考察、創作、表現、評価——のあらゆる段階で活用可能であることを示しました。技術的には、やろうと思えば探究の大部分をAIに代行させることもできるレベルに来ている、という現状認識です。

だからこそ問われるのは、「どのプロセスを人間がやり、どこをAIに任せるか」という設計の問題です。

私自身は、AIの登場によって探究の可能性はむしろ広がったと考えています。たとえば、専門知識を持った教員がいない分野でも、生成AIが専門的なサポートを提供できる。調べ学習の下準備や資料の整理といった、本質的ではないが時間のかかる作業をAIに任せることで、生徒が「考える」「議論する」「試行錯誤する」という探究の核心に、より多くの時間と労力を使えるようになる。これは著書『教師のためのAI教育入門』でも指摘していることです。

探究の多くのプロセスをAIが担えるようになった今、重要なのは「何をAIに任せて、何に人間の時間を使うのか」を教員が意図的に設計することです。緩利先生の講演タイトル「心は震えているか」は、まさにこの設計の起点を問うています。探究の出発点にあるべきは、効率でも成果物でもなく、「知りたい」「やってみたい」という衝動なのだと。

ワークショップで確認できた実践知

講演後のワークショップでは、バレンタインをテーマにした探究ミッションを参加者同士でグループワークしました。ここで緩利先生がおっしゃったことが、私の実感と一致していて印象的でした。

「グループワークのときに生成AIを全員が個別に使うと、グループが分断される。生成AIを使うのは1人に絞ったほうが、対話と発想が活性化する」

これは私が普段の研修で先生方にお伝えしていることとまったく同じです。生成AIは強力なツールですが、全員が画面に向かうと「隣の人と話す」という最も大切な学びの契機が失われます。研究者と現場実務家が独立に同じ結論に達しているという事実は、この知見の確度を裏付けるものだと思います。

実際にワークショップでこの形式を体験してみて、その効果をあらためて実感できました。

「心は震えているか」という問いの重み

生成AIが教育に浸透していく流れは止まりません。AIを使えば、探究の多くのプロセスを効率化できる時代になりました。だからこそ教育者として考えるべきは、「AIに何を任せ、人間の時間をどこに使うか」という設計です。

緩利先生の「心は震えているか」という問いは、生徒に向けた言葉であると同時に、教育者自身への問いかけでもあります。AIが作業を肩代わりしてくれるなら、空いた時間で生徒はもっと深く考え、もっと本質的な問いに向き合えるはずです。その可能性を信じて設計できるかどうかは、私たち教育者自身が「知りたい」「伝えたい」という衝動を持ち続けているかにかかっている。

昭和女子大附属が2年半かけて築いてきたAI教育の土台の上に、この本質的な問いが置かれている。今回の研究会は、そういう場でした。