今日紹介するのは、世界中の教育関係者に影響を与えたカーンアカデミーの創設者、サルマン・カーンの書籍です。カーンアカデミーとは、2008年に設立された教育系非営利団体です。YouTubeの授業動画と運営サイトの練習問題を組み合わせることで、世界中の子供たちに無料で教育を受けられる環境を提供しています。
カーンアカデミーの活動は、ハーバード大学などのオンライン講座(MOOC, ムーク)ムーブメントを引き起こしたとも言われています。本書はそんなカーンアカデミーの成長物語であると同時に、テクノロジーによる新しい教育の可能性を示唆する内容となっています。「教育×テクノロジー」に興味のある方は、ぜひ一度手にとって読んでみてください。
書籍紹介
目次は以下の通りです。
- はじめに 質の高い教育を、無料で、世界中のすべての人に
- 第Ⅰ部 「教える」ということ
- ナディアの家庭教師
- ごくシンプルなビデオ
- 重視すべきはコンテンツ
- 完全習得学習
- 「学び」とは何か
- ギャップを埋める
- 第Ⅱ部 壊れたモデル
- 慣習を疑う
- プロイセン・モデル
- スイスチーズ的学習
- テストの功罪
- 創造性に貼られるレッテル
- 宿題
- 教室をひっくり返す
- 学校教育のコスト
- 第Ⅲ部 実現の世界へ
- 理論と実践
- カーンアカデミーのソフトウェア
- 現実の教室へ
- ゲームのように楽しく
- 一世一代の決心
- ロスアルトスでの実験
- 教育は年齢を超えて
- 第Ⅳ部 世界はひとつの教室
- 不確かなのは当たり前
- 生徒だったころの私
- 「教室はひとつ」との思い
- チームスポーツとしての教育
- 「秩序ある混沌」はOK
- 夏休みを見直す
- これからの成績表
- 教育を受けられない人たちのために
- これからの資格認定
- 大学はどうなるか
- むすび 創造のための時間をつくる
本書の魅力は2点あります。
1点目の魅力は、カーンアカデミー創設のワクワクするような物語です。まだYouTubeに授業動画がなかったような時代に、創設者となるサルマン・カーンが親戚の子供の家庭教師をするところから物語は始まります。
当時ヘッジファンドに勤務していたサルマン・カーンは、「自分自身が教えてほしかったと思うやり方で教える」というポリシーのもと、スカイプ授業からその活動を開始します。そこから彼独自のエンジニア的な手法を活用しながら、今のカーン・アカデミーのスタイルに辿り着いていく試行錯誤のプロセスが、本書では丁寧に描かれています。とても読み応えがある内容です。
2点目の魅力は、「教育×テクノロジー」の新しい可能性が示唆されている点です。
カーンアカデミーと聞くと「ああ、YouTubeの授業動画で勉強する教育でしょ」と考えがちです。それはそれで間違ってはいないのですが、サルマン・カーンが構想している「教育×テクノロジー」の可能性はもっと広大です。
先に述べたように、私なら幅広い年齢の生徒を100人くらい一緒にします。彼らが同じ時間に同じ作業している事は、まずありません。そして、自習時間中はどこもかしこも完全に静まりかえっていますが、それ以外の時間は互いに教えあう声でにぎやかです。常に生徒の約5分の1が、重要な内容を深く長く理解するためのレッスンと練習問題にコンピューターで取り組んでいるでしょう。
中略
このようなアプローチの何がいちばん重要かと言えば、オープンエンドな、つまりどこでも自由な発想や創造の機会を、すべての生徒に提供できる点です。
中略
こうした好奇心に満ちた独創的な子供こそ、いずれ世の中に大きく貢献することがあります。しかし、その、普通でない独自の道を自由に進ませてやらなければ、彼らの可能性が花開く事はありません。そんな自由は、昔ながらの四角四面な教室では滅多にお目にかかれません。
まさにICT(AI)を活用した個別最適化の教育ですね。この構想が、2013年に翻訳された本に書かれていることに驚きです。
この他にも「学校の夏休み制度の改善」「成績表の課題」「大学などの資格認定の問題」そして「貧困層への教育」について興味深い提言がされており、非常に読み応えがあります。
テクノロジーを活用した教育課題の解決に興味のある方は、ぜひ一度手にとって読んでみてください。おすすめです。